大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)68号 判決 1974年11月28日
控訴人
大阪府知事
黒田了一
右指定代理人
川本権祐
外六名
控訴人補助参加人
大阪市
右代表者大阪市長
大島靖
右訴訟代理人
堀川嘉夫
外三名
控訴人補助参加人
西田正嘉
外五名
被控訴人
蛭子井伊作
右訴訟代理人
品川澄雄
外一名
被控訴人補助参加人
山本茂郎
右訴訟代理人
井上富造
主文
本件控訴を棄却する。
控訴審の訴訟費用中、控訴人と被控訴人および被控訴人補助参加人との間に生じた部分は控訴人の、控訴人の補助参加人らと被控訴人との間に生じた部分は控訴人の補助参加人らの、被控訴人補助参加人の補助参加に対する異議により生じた部分は控訴人補助参加人大阪市の各負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方及び補助参加人らの主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決及び更正決定事実摘示(ただし、<訂正部分省略>)のとおりであるから、ここにこれを引用する。
1 控訴人の主張
(一) 原判決は法令の解釈を誤り最高裁判所の判決とそごした違法、不当なものである。すなわち、
(1) 農地法施行法二条一項は、自創法下に農地買収計画の公告があり、通常の経過に従つて手続を進めたとしても農地法施行の時までに買収の効力を発生させることができなかつた場合のみならず、自創法の下において通常の経過に従つて効力発生のための手続(買収令書の交付又はこれに代わる公告)が履践されたが、そのかしのゆえに買収の効力を生じていない場合をも包含することについては、従前から主張するとおりであつて、すでに判例により確立されている。(最高裁判所昭和三六年三月三日第二小法廷判決、昭和四〇年五月二八日第二小法廷判決、昭和四三年六月一三日第一小法廷判決参照)
(2) 原判決は自創法の農地買収手続における買収計画の法的性格を理解していない。自創法六条五項、七条ないし九条、四二条の規定の体系を考察してみると、買収計画は政府の所有権取得のための手段的手続にあたるものであるが、ただそれだけにすぎないものとみるべきではなく、むしろ買収計画に関する行政作用は、買収要件存否についての行政上の審査をし、その結果である行政上の意思を買収計画の公告の方法によつて外部的に発表し、かつ、宣言する重要な基礎的行政行為とみるべきものであり、買収計画が買収要件の存否に関する行政庁の意思表示である以上、自創法は買収要件存否の基準時点を買収計画の樹立の時に置いたものとみることができる。買収手続の最終過程である買収令書の交付について異議、訴願の制度を採らないで、買収計画についてその制度を採用していることは右立法の趣旨を裏付ける有力な証左である。けだし異議、訴願においては買収要件の存否に関する不服がその内容となることは疑いのないところであるが、その不服とする買収要件の存否について審理するにあたり、買収令書の交付がなされる将来の時点における事実を予測して買収要件事実の存否を判定することは無意味であるばかりでなく、行政を浮動的な状態に置くことともなるから、右判断の基準時は『買収計画の樹立時点』以外には考えられないからである。自創法四二条が買収計画公告後における現状変更を禁止していることも注目されなければならないし、そ及買収に関する同法六条の二、一項の規定の趣旨に照らしてみても、右法意が首肯される。買収要件存否の判断の基準時を買収計画の樹立時とみることが同法の趣旨に合致する解釈といえるのであり、この理は農地法施行法二条一項によつて買収令書の交付が行なわれる場合でも同様である。すなわち、(1)で述べたごとく同法二条の意味内容が確立された判例理論のごとくであるとすれば、違法性判断の基準時点が自創法の下における買収計画樹立時に求められるべきは当然の帰結であるといわねばならない。けだし、その違法性の判断とは、処分の内容に関するもの、処分の成立要件に関するものであり、かつ、施行法二条は自創法の下における買収を効力発生要件のみの補正で維持しようとするものだからである。違法性判断の基準時をあらたな令書交付の時点に求めるということは農地法の下における買収と選ぶところがなく、かくては施行法二条は無意味、無用なものにならざるを得ない。
(3) 被控訴人と大阪府及び控訴人補助参加人らとの間の所有権移転登記等請求事件(以下「前訴」という。)の上告審判決においては、その先決問題として買収令書の交付に代えてなした公告が無効であると判断されたが、それが無効だからこそ、これを前提にして施行法二条に基づく手続が履践されているのであり、右判決の効力(既判力又は拘束力)の性質ないしその及ぶ範囲について論ずることはさほど実益がない。
(4) 仮に右基準時が買収計画の樹立時点でないとしても、一度なされた買収令書の交付に代わる公告による買収処分の手続上のかしを補正するため買収令書を交付する場合には、さきになされた『買収令書の発行または買収令書の交付に代わる公告をした時』をもつて買収要件存否の判断基準時とみるべきである。原判決は最高裁判所昭和三八年(オ)第一一〇九号昭和四〇年五月二八日第二小法廷判決における判示に牴触するものである。しかして本件買収令書の交付に代わる公告のなされた昭和二五年三月二五日の時点において本件土地がいずれも耕作の目的に供されていた事実は明白なところであるから、本件買収令書の交付については何らの違法も存しないのである。
(二) 仮に買収要件存否の判定基準時を農地法施行法二条一項による『買収令書交付の時』であるとしても、本件土地のうち大阪府営及び大阪市営住宅に転用された部分並びに日本国有鉄道の新幹線用地に転用された部分を除いたその余の部分については、右時点においても農地であつたもので、控訴人補助参加人西田正嘉らによつて現在まで二〇余年の長期にわたり畑として野菜類の栽培が続けられてきた土地であるから、客観的にみて農地であることは明らかである。被控訴人は強制執行により山土を運搬して右部分を埋立てたが、これを掘り起して普通の畑より若干多量に肥料を施すだけで従来どおりの畑作物の収穫が容易に得られる状態にあるのであるから、いまだ自創法二条にいう農地の性格を喪失していない。仮に従来農地であつたものが非農地化されるにいたつたものとすれば、これは被控訴人が同法四条の許可を受けないで農地転用をしたものというべきであるから、このような不適法な農地転用の状態のもとにおいては、自創法適用上も現在なお農地として性格を喪失していない。したがつて右土地の部分についての買収処分は適法、有効なものである。
なお、本件土地は本件買収令書を交付した昭和三七年八月二四日以後国に登記されていない。
2 控訴人補助参加人大阪市の主張
(一) 本件買収令書の交付が農地法施行法二条一項の規定に基づいて適法になされたことは控訴人主張のとおりである。同法条に基づく買収令書の交付によつて令書の交付に代わる公告手続のかしが補正され、その結果本件買収処分は有効になされたものとなり、そして自創法に基づく買収計画の樹立後の公告、承認、買収の時期、さらには売渡の時期等はいずれも当初の買収、売渡計画に定められた時期にさかのぼつてその効力を生じたものである。原判決は本件の場合に施行法二条一項の適用があり、これに基づく本件買収令書の発行自体は違法でないとしながら、新たになされた買収令書の交付によつて当該買収処分の効力が生ずるものとし、この交付により先になされた買収令書の交付又はこれに代わる公告のかしが補正されるわけではないと判示するが、同法条の規定による買収令書の交付が自創法に基づく買収手続のかしの補正とは関係なく、新たな行政処分として独自の効力を生ずるという趣旨なのか、自創法に基づいてなされ、すでに完結している買収処分と施行法二条一項に基づく買収令書の交付による買収処分とを全く別箇のものと解する趣旨なのか、あるいはまた、単に買収令書の再交付によつて買収処分の効力が再交付の時点から将来に向つてのみ生ずるというのか、その理論的根拠が明確でなく、控訴人引用の確立した判例に完全に牴触するものである。
(二) 本件買収処分は、前記判例によると、買収令書の交付に代わる公告にかしがあり、そのために施行法二条一項によりそのかしを補正する意味で令書の交付がされる以上、当初の自創法に基づく買収計画において予定し公告された買収の時期にさかのぼつて効力を生ずることが当然の帰結であつて、当該買収処分の違法性の判断も右自創法に基づく買収計画時を基準とすべきであり、右令書交付時の土地の現況、自創法五条五号の要件の有無などは考慮する必要がない。また、自創法の建前、構造からいつても買収の適否は買収計画の段階で画一的に決定されるものとみるべきである。本件の場合、原則的に自創法に基づく『買収計画の樹立時』を違法判断の基準日とみるべきであるが、仮にしからずとしても、補正の対象たる『令書交付に代わる公告時』の昭和二五年三月二五日をもつてその基準日とすべきである。
(三) 前訴の上告審判決においてその先決問題として本件買収令書の交付に代えてなした公告が無効であると判断されたが、右判決は前訴に参加しなかつた国には及ばないし、また国の行政機関として農地法施行法二条のもとに行為した控訴人も右判決の既判力を受けるものでない。国及び控訴人はあくまで令書の交付に代えてなした公告が有効なものとして手続を進めてきたもので、右判決後にはじめて令書再交付の必要が生じたものであり、令書交付の遅延は行政庁の怠慢によるものではない。右判決の既判力が及ぶ客観的範囲は被控訴人が本件土地の所有権を有することと大阪府及び補助参加人大阪市に登記移転義務があるということだけで、その他には及ばない。また行政事件訴訟法三三条の判決の拘束力に関する規定は争点訴訟には適用又は準用されないものである。
(四) 本件土地についての買収処分は本訴でその効力を争つている買収令書の交付以前の時点である昭和二八年六月一日頃において、被控訴人に対して適法かつ有効なる買収処分としての効力が発生していたものである。すなわち、被控訴人は昭和二八年六月一日頃本件土地の買収処分が被控訴人に対するものであることを確認したうえ、控訴人から買収の対価を受領しているから、買収処分はその時点において被控訴人に対する関係でその効力を争い得ない効果を生じたものである。したがつて被控訴人はその後においては、本件買収処分についてはもはや買収令書の交付のなかつたこと、その交付に代えてした公告手続に違法もしくは無効原因があると主張して、その効力を争うことはできない法的拘束を受けているものである。
3 控訴人補助参加人西田正嘉ほか五名の主張
控訴人補助参加人西田正嘉は原判決末尾添付別紙目録記載の一二の土地、同中川嘉平は同二、七、八の土地(分筆前の一六七番の二)、同小山利一、同小山トヨは同三、九、一〇の土地(同一六七番の三)、同西野長太郎は同四、一一の土地(同一六七番の四)、同中野民三郎は同五の土地(分筆なし。)につき、それぞれ売渡計画に基づき売渡を受け、昭和二七年一一月二五日これが登記を完了し、爾来耕作してきた。
ところが被控訴人は右各土地を含む本件土地につき、同補助参加人らに対し買収処分の無効を理由とする前訴を提起し、一審、控訴審、上告審とも被控訴人の勝訴となり、右各土地は被控訴人の所有名義となつた。しかしながら控訴人は農地法施行法二条により昭和三七年八月二四日買収令書の再発行をなし、同月二六日被控訴人に到達したから、右各土地に対する買収計画はその違法が治癒され適法の買収処分となり、同補助参加人らに対する売渡処分も有効となり、所有権は当初から同補助参加人らにあつたものとなつた。そこで補助参加人らは本件訴訟に利害関係を有するから、控訴人を補助するため参加の申出をする。
4 被控訴人の主張
(一) 控訴人主張の(一)の(1)、補助参加人大阪市主張の(一)について
本件買収処分が農地法施行法二条一項に定める場合に該当せず、法律上の根拠のない処分であることは、従前から主張しているとおりである。
(二) 控訴人主張の(一)の(2)、補助参加人大阪市主張の(二)について
行政処分の違法性判断の基準時が『処分時(買収令書の交付時)』であるとすることは、現在すでに判例上確立された原則である。買収計画及び買収処分のごとき一連の行為については、そのそれぞれの時が基準となることもまた判例上明らかである。そして買収計画樹立後買収令書交付に至るまでに生起した諸般の事情も当然判断資料となり、買収計画時を基準とすれば適法な処分であつても、令書交付時を基準とすれば違法な買収処分は結局違法であることが明らかにされている。
したがつて本件買収処分についてそれが適法であるか否かを判断すべき時点は、昭和三七年八月二四日より以前にさかのぼり得ないことは明白である。
(三) 控訴人主張の(一)の(3)、(4)、補助参加人主張の(三)について
(1) 控訴人が従前なした令書の交付に代わる公告は、本件土地に関してなされた前訴の上告審(最高裁判所昭和三六年(オ)第二一六、二一七号事件、昭和三七年一月三〇日第三小法廷)の確定判決によつて無効とされている。無効の行政処分が補正によつて有効となることは行政法上あり得ないことである。
(2) 仮に無効の行政処分についてかしの補正が許される場合があるとしても、本件買収令書の交付を従前の行政行為のかしを補正したものと解することは許されない。何となれば、かしの補正とは処分時に違法な行政処分がその後の行政庁による補正やその他の事情によつてそのかしが実質上是正され、判決時においてはもはや取消されるだけの違法性を失い、その行為を取消すことはいたずらに無用な手続の重複を来たすだけであると判断される場合に、公益的見地からその行政行為の効力を有効に維持するために認められる法理である。それゆえかしが治癒されるか否かについては、行政行為の成立後口頭弁論の終結時までに生じたあらゆる事情の変遷が判断資料に供せられたのである。また、かしの治癒の成否が行政庁による補正処分をめぐつて争われている場合には、かしの治癒の成否を論じるに先立つて、行政庁によりそのような補正処分をなすことが許されるか否かという問題が先決問題として決せられねばならず、そのような補正処分の許否は、行政処分の違法判断の原則に従つて処分時を基準として判断されねばならない。
しかるに右の理に則つて後記諸事情を考慮して本件買収令書の交付を検討すると、
イ 仮に本件買収令書の交付を一種の補正処分をなす意図でなされたものと解しても、1そのように解すること自体該処分の形式上も実質上も許されないことであるが、1右買収令書の交付時の現状からみて、そのような補正処分をなすことは許されない。
ロ 他面また、当時の現状はもちろん現在までの諸事情からみて、本件買収令書の交付の事実を考慮に入れても、本件買収処分についてかしが治癒され有効なものとなつたとは到底解されない。
A 前訴において従前になされた令書の交付に代わる公告は、形式上のかしを理由とするものでなく、当時買収令書を被控訴人に交付しようとすれば容易に交付しうる状況にあつたということを理由として違法無効とされた。
B しかも控訴人は前訴の係属中の昭和三四年二月一日頃、本件買収令書と全く同一の買収令書を被控訴人に一旦交付したが、昭和三五年四月二〇日付をもつてこれを取消している。本件買収令書の交付がかしの補正処分として許されるならば、さらに強い理由をもつて右昭和三四年の買収令書の交付が許されてしかるべきである。しかるに控訴人はこれを取消し、前訴において確定判決を受けるに至つている。
C 前訴の確定判決の結果、本件土地の所有権が被控訴人に帰属することは裁判上確定された。その結果本件土地には被控訴人が所有者であることを前提とする権利関係が構成されている。
D 本件買収令書によると買収の時期は昭和二三年一二月二日とされており、買収計画はそれ以前に樹立確定していたことになり、計画確定後一五年にわたる長期間放置された買収計画に基づいて買収令書の交付がなされたわけである。しかもその間にかしの補正をなすべき機会は前述のごとく早くから存した。
E 本件土地は昭和二七年一一月二五日頃分筆されたうえ、その後一三八八番地の二に当る土地は大部分控訴人補助参加人大阪市が、一三八七番地に当る土地は殆んど全部大阪府が、それぞれ宅地に転用のうえ公営住宅を建築して住宅街となつており、一三八六番地に当る土地もその中央部分に新幹線が通ることとなり、本件買収令書交付当時すでに日本国有鉄道が取得して工事を施工していた。また右公営住宅用地及び新幹線用地を除く残余の空地、すなわち原判決末尾添付別紙目録記載の一、四、五及び一二の土地はすべて宅地化されたうえ、処分当時新幹線工事のため施工者によつて占有使用されていた。したがつてこれらの土地が形式上仮にいまだ農地であつたとしても、それが自創法五条五号に定める「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当することは明白である。右土地について同法条の指定をしないことが違法なのであり、したがつて指定の有無にかかわらずかかる土地を対象とする買収が違法であることは判例の示すとおりである。右によつて明らかなように本件買収令書交付当時、本件土地はそのすべてが買収の対象となりうる要件を欠いていた。
F 前訴の上告審判決当時施行されていた行政事件訴訟特例法一二条にいわゆる確定判決の中には、単に行政処分の無効確認を求める訴訟の確定判決のみならず、行政処分の無効確認を前提とする通常訴訟の確定判決をも包含すると解すべきである。仮にこれを包含しないとしても少くともその準用を認めるべきである。それゆえにその事件についての関係行政庁である大阪府、さらには控訴人大阪府知事は前訴の確定判決に拘束されるものである。
G 本件買収令書の交付は事態を収拾するため、すなわち、公営住宅維持のためになされたもので自創法一条を全く無視した意図に基づくものである。
ハ 控訴人引用の最高裁判所判決は、令書の交付に代わる公告の効力が争われている訴訟の係属中にいち早く買収令書の交付がなされた事案であつて、しかも公告時から令書の交付時までの一〇数年という年数の経過が、令書の交付の効力にどのような影響を及ぼすかという点のみが問題とされたに過ぎないから、本件とはその内容を異にし適切でない。
(四) 控訴人補助参加人大阪市主張の(四)について
(1) 本件は控訴人が被控訴人に対してなした昭和三七年八月二四日付買収令書の交付による買収処分の無効確認を求めるものであつて、同補助参加人の主張は本件買収処分の有効無効を論じるものでなく、またその無効確認を求めうるか否かについて論議しているものでもなく、本件において意味のある主張とは言い得ない。
(2) 同補助参加人の主張は不明瞭であるが、もし被控訴人が買収対価の受領によつて本件土地の所有権を失つているという趣旨であるとすれば、被控訴人は同補助参加人らとの間の前記確定判決によつてその事実審の口頭弁論終結の日である昭和三五年九月一日に本件土地の所有権を有することについて確認を得ており、同補助参加人は該判決の既判力によつて本訴において自らかような主張をすることはその既判力に反し許されない。そればかりでなく同補助参加人主張の事実関係は前訴において争点の一として争われたが却けられている。前訴は大阪府及び右補助参加人らを相手方とする通常訴訟であり、その既判力は控訴人を相手方とする本訴には及ばないとされるかもしれないが、控訴人を拘束するものであることはさきに主張したとおりである。被控訴人としては被売渡人らの取得時効中断のために登記名義人のみを相手方とする所有権確認訴訟によらざるを得ず、しかもその場合には控訴人を相手方として買収処分自体の無効確認をもあわせて請求する途が閉されていたのであり、同補助参加人は本訴において前訴で争点として審理された主張と全く同じ主張を再び繰り返えし主張しているのであつて、これは正に前訴の確定判決の既判力が控訴人に及ばないことを利用した苦肉の策にほかならない。
(3) 同補助参加人主張の対価の受領については、被控訴人は本件土地の買収に承服して対価を受取つたのではなく、仮に原買収処分について後日訴訟による救済が残されていることを知り、かつ、その救済手段が買収対価の受領行為によつて失われるものと知つたとすれば、対価の受領はしなかつたであろうことは明白なところである。被控訴人は当時自己の権利についての認識が全くなく、したがつて新たな法律効果の発生の認識もさらにないのである。
(4) また自創法における買収令書の交付は、同法九条の規定によりこれに代わるべき公告の手続によつてのみ令書の交付と同一の効果が認められるのであつて、同条は強行規定であるから、その他の任意の手段によつて令書の交付と同一の効果を生ぜしめ得ないことは明らかである。買収対価の受領行為が買収処分の確認であり、それによつて原買収処分が適法に効力を生じているとの同補助参加人の主張は同条の法意を無視するものである。
(五) なお一六七番地の一ないし四の土地は前訴の確定判決後日本国有鉄道に売却の際分筆され、原判決末尾添付別紙目録のとおりになつたものであり、その売却の時期は二回にわたつている。被控訴人補助参加人の主張に対し被控訴人が争わないと述べたのは、同補助参加人が利害関係を有するとして参加することを争わない趣旨であつて、同補助参加人主張の土地がその所有であることを争わない趣旨ではない。
5 被控訴人補助参加人の主張
同目録記載の五ないし二五の土地については、被控訴人が昭和三七年八月一三日同補助参加人から金七五〇万円を、弁済期昭和三八年二月八日、利息金一〇〇円につき一日五銭の割合で借受け、同債務の担保としてこれを信託的に同補助参加人に譲渡し、譲渡担保の目的としたが、被控訴人が弁済期に至るも同補助参加人に弁済しないため、同補助参加人がその所有権を取得したもの、同一、三及び四の土地については同補助参加人が昭和三七年八月四日抵当権の設定を受けたもの、同二の土地については同補助参加人が昭和三九年一一月二七日所有権を取得したものであつて、被控訴人の本訴請求の結果について利害関係をもつ第三者であるから、被控訴人を補助するため参加の申出をする。
6 証拠関係<省略>
理由
一被控訴人が昭和一四年七月二五日家督相続により本件各土地(当時分筆前)の所有権を取得したこと、控訴人が昭和三七年八月二四日本件各土地の買収令書(買収の時期昭和二三年一二月二日)を発行し、同月二八日頃被控訴人に交付して、本件各土地につき自創法三条の規定による買収処分をしたことは当事者間に争いがない。
二そこで本件各土地の買収計画の樹立から本件買収令書の交付に至るまでの経過についてみる。
(一) 買収令書の交付に代わる公告に至るまでの事実関係
大阪市東淀川区農地委員会は昭和二三年一〇月一八日本件各土地を被控訴人の父蛭子井正信を所有者(被控訴人は相続登記をしていなかつた)として自創法三条により買収することを決定し、買収の時期を同年一二月二日とする買収計画を樹立して公告し、同月一九日から一〇日間右買収計画を縦覧に供し、大阪府農地委員会は同年一二月一日右買収計画を承認した。そこで控訴人は昭和二四年四月二五日前記正信あての買収令書を発行し、大阪市東区北浜三丁目中野合資会社気付で右買収令書を発送したが、送達不能となつたので、控訴人は昭和二五年三月二五日付大阪府公報第一号外で買収令書の交付に代わる公告をした。以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) 買収から前訴当時に至る法律関係
<証拠略>に徴すると、買収令書の交付に代わる公告が有効であることを前提として、次のような法律関係が形成されていたことが認められる。すなわち、
買収の時期である昭和二三年一二月二日に本件各土地の所有権が国に移転したものとして同二五年八月二一日農林省名義に買収登記がなされた。
次いで本件土地のうち、江口町一三八六番地雑種地二反八畝二六歩は同二六年一一月一日三千菊次郎ら五名に売渡され、同二七年一一月二五日地番地目を南江口町一丁目一六七番地畑と変更し、一六七番地の一から五(以下、一六七番地の五をのぞくその他に旧を冠して呼称する)までの五筆に分筆登記したうえ、右同日付でそれぞれ買受人に所有権の取得登記がなされた。右旧一六七番地の一の畑は買受人の三千菊次郎から西野清一を経て寺西富三郎に売渡され、同三五年四月二〇日所有権の移転登記がなされた。旧一六七番地の二の畑は控訴人補助参加人の中川嘉平が買受人の西口彦三郎から買受け、同二九年八月三日所有権の移転登記をした。旧一六七番地の三の畑は同小山利一、同小山トヨが買受人の尾野佐知子から相続取得し、同三三年九月一〇日その登記をした。旧一六七番地の四の畑は同西野長太郎、一六七番地の五の畑は同中野民三郎がそれぞれ買受人となつていた。
江口町一三八七番地雑種地六反七畝二六歩は同二六年一一月一日谷口末吉ら一二名に売渡され、同二七年一一月二五日地番地目を南江口町一丁目一六六番地畑と変更し、一六六番地の一から一二までの一二筆に分筆登記したうえ、右同日付でそれぞれ買受人に所有権の取得登記がなされた。そのうち、一六六番地の一の畑は控訴人補助参加人の西田正嘉が右谷口末吉から買受け、同三〇年一月二二日所有権の移転登記をしていた。その他の一一筆は大阪府が同二九年八月二五日から同年一二月八日までの間に前記買受人らから売渡を受け、同年九月一日から同年一二月一三日までの間に所有権の移転登記を了し、宅地に転用して府営住宅を建設していた。
また、江口町一三八八番地の二雑種地五反五畝一四歩は町名地番が南江口町一丁目三一番地と変更し、同二六年一一月一日西口善次郎ら一〇名に売渡され、同二七年一一月二五日畑に地目変更し、三一番地の一から一〇までの一〇筆に分筆登記したうえ、右同日それぞれ買受人に所有権の取得登記がなされたが、控訴人補助参加人の大阪市が同三〇年一〇月五日右一〇筆を買受け、同年一二年一日から翌三一年一月二〇日までの間に所有権の移転登記を了し、宅地に転用して市営住宅を建設していた。
(三) 前訴の確定判決と法律関係の変動
被控訴人が本件各土地の現に所有名義人となつている者を相手方として大阪地方裁判所に所有権移転登記等請求事件(昭和三一年(ワ)第四五〇三号)を提起し、一審、二審、上告審とも被控訴人が勝訴し、昭和三七年一月三〇日右勝訴判決が確定したことは、当事者間に争いのないところで、右事実に<証拠略>を総合すると、次のとおり認められる。
前記訴訟(ただし、二審は大阪高等裁判所昭和三四年(ネ)第一六三号、第一七二号、上告審は昭和三六年(オ)第二一六号、第二一七号)の確定判決において、大阪府および大阪市の前記各土地が被控訴人の所有であることが確認されるとともに、右各土地について被控訴人に所有権移転登記手続をすることが右両者に命じられ、被控訴人は昭和三七年七月一七日自分の名義に所有権の移転登記をした。その他の土地についても被控訴人に所有権があることを前提として、寺西富三郎、大阪市をのぞくその他の控訴人補助参加人らは上記の関係各土地について被控訴人に対し所有権の移転登記と明渡をすることが命じられ、中川嘉平は地上にある木造平家建バラック小屋約六坪の収去も命じられた。そこで被控訴人は昭和三七年三月六日自分の名義に所有権の移転登記をし、同月中旬頃右各土地の明渡の強制執行をして占有を自分に移した。ちなみに、前記の旧一六七番地の一から四までの四筆は一〇筆に分筆され、そのうち原判決末尾添付の目録の三、七、八、一〇、一一に相当する土地が同年三月八日東海道新幹線線路敷予定地として(登記は同年九月二八日)、また同二、六、九に相当する土地が同年六月二二日右新幹線附帯施設予定地として(登記は昭和三八年一〇月三〇日)いずれも日本国有鉄道に買収された(買収の事実は当事者間に争いがない)。
(四) <証拠略>によると、前訴の第二審判決は、先決関係にある前示買収令書の交付に代わる公告の効力につき、大阪府知事が被控訴人の住所の調査をすればその住所は容易に判明し、買収令書を被控訴人に交付することができた筈であるから、その交付に代えてした公告は、その要件を欠き、無効であると判断し、上告審も右判断を正当として支持したので、控訴人は右公告の瑕疵を補正するため農地法施行法第二条第一項に基づいて冒頭説示のとおり本件買収令書を被控訴人に交付したものであることが認められる。
三そこで本件買収令書の交付が無効であるかどうかを検討する。自創法に基づく農地の買収計画の樹立後、じごの手続が順調に進められ、買収令書の交付に代わる公告も遅滞なく行なわれ、買収、売渡処分も一応済み、農地の所有権が被買収者から国を経て売渡を受けた者等に順次移転したものとして処理されていたところ、被買収者が農地法の施行に伴う自創法の廃止(昭和二七年一〇月二一日)後に至つて右令書の交付に代わる公告に手続上の瑕疵があり無効であるといい出し、買収処分の無効確認を求める行政訴訟を起したり、買収処分が無効であることを前提として農地の所有権は依然被買収者にあるとして所有権確認、所有権移転登記手続等を求める民事訴訟を起すことがある。そこで処分庁である知事は万一の場合を考慮し買収令書の交付に代わる公告の瑕疵を補正する趣旨で右訴訟の係属中に買収令書を交付しておき、右訴訟の相手方である国、知事または国から売渡を受けた所有権の登記簿上の名義人等は、右令書の交付に代わる公告の有効であることを第一次的に主張するとともに、右公告に瑕疵があるとしてもその後になされた買収令書の交付によつて公告の瑕疵が補正されたことを予備的に主張して買収処分は有効であると応酬する。このように自創法の廃止前にすでに買収令書の交付に代わる公告をして一応買収手続を終つた農地についても、その公告に瑕疵があるため買収処分の効果が生じていないものについては、農地法施行法二条一項に基づき自創法の規定を適用してその瑕疵を補完しうるものと解するのが相当である。この点に関する限り、被控訴人のこれに反する見解は採用しない。もつとも、この場合でも、農地法施行法二条一項は無制限に適用されるのではない。遅くとも、公告の効力の争われている事件の係属中に公告の瑕疵を補正するための買収令書の交付が行なわれ、そのことが予備的にもせよ、訴訟において主張されることが必要である。このような事案について、「買収令書の交付が買収の時期から十余年を経過して行なわれたときでも、その公告が当時遅滞なくなされ、かつ、それが有効であることを前提として、表見的にもせよ、前述のような法律関係が形成されている場合には、右公告の瑕疵を補正するために行なわれた買収令書の交付の効力は肯認されるべきであつて、右令書の交付が著しく遅滞して行なわれたという一事をもつてそれによる公告の瑕疵の補正の効果を否定し、一連の買収手続をすべて無効に帰せしめるようなことは許されない」とすることは、最高裁判所の判決(昭和三六年三月三日、同四〇年五月二八日の第二小法廷判決、同四七年六月二〇日第三小法廷判決。同四三年六月一三日第一小法廷判決参照)の示すところであつて、当裁判所もこれと見解を同じくする。しかしながら、前述の事例で、買収処分無効確認の行政訴訟事件または所有権確認等の民事訴訟事件の確定判決に至るまで、処分庁の知事が公告の瑕疵を補正するための買収令書の交付を放置し、結局公告が瑕疵のために無効であると判断されて被買収者の勝訴判決が確定した場合には、右の場合と理を異にする。右の行政訴訟事件で買収処分無効確認の判決が確定すると、瑕疵ある公告を手続の一環にふくむ買収処分が全体として最終的に無効とされるのであつて、じご買収令書を交付して公告の瑕疵を補正することは許されない。前記の民事訴訟事件にあつても、被買収者の所有権、所有権移転登記請求権等が確定すると、買収、売渡の有効であることを前提として形成された現在の表見的な私法上の法律関係が右確定判決の既判力およびその執行によつて覆滅されるに至るのであつて、この場合、その後になされる買収令書の交付に公告の瑕疵を補正する効果を肯認し一旦覆滅した表見的な私法関係が遡及的に追完され復元することは許されないと解するのが相当である。すなわち、この場合には、もやは農地法施行法二条一項にのつとり従前の買収手続を踏襲して買収処分を行なうことができないといわなければならない。
かかる観点に立つて本件をみるに、昭和三七年一月三〇日前訴の判決が確定し、これによつて大阪府、大阪市の所有名義になつていた前記各土地の所有権が被控訴人に帰属することが確定するとともに、本件土地全部についての大阪府等に対する被控訴人の所有権移転登記請求権並に大阪府および大阪市をのぞくその他の相手方に対する前記関係土地の明渡請求権が確定し、その執行によつて所有権の登記名義並に占有が被控訴人に移転し、前示買収令書の交付に代わる公告の有効であることを前提として形成されていた表見的な私法関係が完膚なきまでに覆滅するに至つたことは、上叙説示に照して明らかである。そうすると、その後になされた本件買収令書の交付はさきの公告の瑕疵を補正するに由なく、無効のものといわなければならない。結局、控訴人が農地法施行法二条一項に基づき本件買収令書の交付をもつてした買収処分は無効といわなければならない。
四控訴人は、前訴の確定判決の既判力は控訴人大阪府知事または国に及ばないから、農地法施行法二条一項により本件買収令書を交付することは差し支えないと主張する。しかし、本件買収令書の交付の効力に関する問題は、前訴の確定判決の既判力が控訴人または国に及ばないこととはかかわりなく判断されること上叙のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
控訴人の補助参加人大阪市は、前訴の確定判決の既判力の及ぶ客観的範囲が判決の主文に包含される事項に限られ、先決関係に立つ買収処分の効力に及ばないこと、行政事件訴訟法三三条の判決の拘束力に関する規定は争点訴訟には適用または準用されないことを理由として、本件買収令書の交付は適法であつて、さきの公告の瑕疵を補正する効果を有する旨主張するけれども、本件買収令書の交付の効力の有無は右主張にかかる事項とかかわりなく判断されることも上叙のとおりであるから、右主張は理由がない。成立に争いのない乙第二号証の鑑定中右主張に副う部分は当裁判所の採用しないところである。
右補助参加人は、さらに、被控訴人は昭和二八年六月一日頃本件土地の買収処分が被控訴人に対するものであることを確認して控訴人から買収の対価を受領しているから、その後においては本件買収処分についてもはや買収令書の交付のなかつたこと、その交付にかえてした公告が無効であると主張してその効力を争うことはできないと主張する。<証拠略>によると、前訴において大阪府、大阪市ら被告(控訴人、上告人)側の各当事者が右と同旨の主張をしたのに対し、前訴の第二審判決は被控訴人が買収の対価を受領したことを認定したうえ、被控訴人は他に救済手段もなくなつたものと錯誤して買収の対価を受領したものであり、また、買収の対価の受領に買収令書の交付または交付に代わる公告と同一の効力があるということはできない旨判断し、被控訴人は買収の対価を受領しても依然さきの買収令書の交付にかえてした公告の瑕疵に基づいて買収処分の無効を争い得ることを判示し、上告審も右第二審の判断を正当として支持したことが認められる。したがつて、控訴人は前訴の右確定判決の判示を基礎として、さきの買収令書の交付に代わる公告の瑕疵を補正するための必要措置として本件買収令書の交付をするに至つたものであり、本訴においては、本件買収令書の交付によりさきの公告の瑕疵が補正されたことを主張の根幹とするものである。しかるに、右補助参加人の主張を推し進めてゆくと、被控訴人が買収の対価を受領した以上、本件買収令書の交付は不必要ないし無意味なものに帰着する。補助参加人の右主張は、結局控訴人の主張と牴触することが明らかであるから、かかる主張は許されないというべきである。
五以上の次第で、本件控訴はその他の点について判断するまでもなく失当であるから棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第二項、第八九条、第九四条、第九三条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(木下忠良 村瀬泰三)(田坂友男は転勤のため署名押印できない)